時が止まったかのような空間で味わう、記憶に残る絶品チャーハンと海老ソバ。

港町・宮古に根付く、変わらない魂の味

世界三大漁場の一つ、三陸の豊かな海に抱かれた岩手県宮古市。浄土ヶ浜の息をのむような絶景や、新鮮な海の幸を求めて多くの人がこの地を訪れます。震災からの復興を経て、新しい建物や道路が整備され、街は力強く未来へ向かって歩みを進めています。

しかし、そんな変化の潮流の中にあって、まるで時が止まったかのように、昔と変わらぬ佇まいで人々を迎え入れ続ける一軒の中華食堂があります。その名は「五十五番」。

派手な看板があるわけでも、メディアで頻繁に取り上げられるわけでもない。それなのに、昼時ともなれば店の前の駐車場は常に満車状態。暖簾をくぐれば、そこにはいつも地元の人々の笑顔と活気があふれています。

なぜこの店は、これほどまでに宮古の人々を惹きつけてやまないのか?その答えは、レンゲの一杯、箸の一筋に込められた、決して色褪せることのない魂の味にありました。

暖簾をくぐれば、そこは温かい昭和の食卓

旧宮古市役所の向かい、街の中心部に「五十五番」は静かに佇んでいます。長年の雨風にさらされたであろう店構え、日に焼けて味わいを増した赤い暖簾が、この店が積み重ねてきた歴史を雄弁に物語っています。

勇気を出してその暖簾をくぐると、カランというドアベルの音とともに、油と出汁が混じり合った、空腹を直撃する香りにふわりと包まれます。一歩足を踏み入れた瞬間、誰もが「あ、ここは美味しい店だ」と確信する、そんな説得力のある香りです。

店内は、カウンター席と小上がりのテーブル席が並ぶ、こぢんまりとしながらも機能的な空間。壁一面に貼られた黄色い手書きのメニュー札が、昭和の時代から続く食堂の風情を色濃く感じさせます。厨房からは、中華鍋を振るリズミカルな金属音と、食材が焼ける小気味よいサウンドが絶え間なく響き渡り、最高のBGMとなって期待感を煽ります。

「いらっしゃい!」という威勢のいい声。常連客と店員さんが交わす気さくな会話。そのすべてが渾然一体となり、ただ食事をする場所ではない、温かいコミュニティとしての「食卓」がそこにはありました。

五十五番の哲学。究極のシンプル「チャーハン」を解き明かす

メニューに並ぶ数々の料理に目移りしながらも、多くの客が最初に口にするのが、この店の代名詞ともいえる「チャーハン」です。

「チャーハンひとつ!」の声に応え、厨房の主は淀みない動きで鍋を振り始めます。やがて、黄金色に輝く美しいドーム状のチャーハンが、湯気を立ち上らせながら目の前に運ばれてきます。

見た目に派手さはありません。しかし、これこそが王道。レンゲをそっと差し込むと、パラパラと崩れるのではなく、「ふっくら」という表現がしっくりくる、絶妙なしっとり感を保っています。一口食べれば、米の一粒一粒がラードで丁寧にコーティングされ、凝縮された旨味が口の中に広がるのがわかります。

主役は、ゴロゴロと惜しげもなく入った自家製チャーシュー。噛みしめるほどに肉の旨味と香ばしい醤油の風味が溢れ出します。それを優しく包み込むのが、ふんわりとした卵の甘み。塩コショウを基調としたシンプルな味付けのはずなのに、家庭では決して再現できない、奥深く、そしてどこか懐かしい味わい。長年使い込まれた鉄鍋に染み込んだ「歴史」こそが、最高の隠し味なのかもしれません。

そして忘れてはならないのが、名脇役である中華スープの存在。鶏ガラベースの透き通ったスープは、チャーハンのしっかりとした味を優しく受け止め、口の中をリフレッシュさせてくれます。このスープがあるからこそ、次の一口がまた新鮮に、そしてさらに美味しく感じられるのです。これぞ町中華のチャーハンの完成形。多くの宮古市民がこの味に魅了され、定期的に”五十五番のチャーハン”を摂取したくなるのも頷けます。

海の幸と山の幸の協演。「海老ソバ」という名の熱き芸術

チャーハンと人気を二分するもう一つの巨頭が、「海老ソバ」です。特に肌寒い日には、この一杯を求めて訪れる客が後を絶ちません。

運ばれてきた丼からは、湯気がもうもうと立ち上り、その熱量が視覚的にも伝わってきます。器の縁までなみなみと注がれた醤油ベースの「あん」は、熱を閉じ込めた宝石のようにキラキラと輝き、その下には細めのストレート麺が静かに潜んでいます。

この一杯の主役は、言うまでもなく海老。小ぶりながらも、その数はたっぷりと入っており、絶妙な火加減によってプリップリの食感が完璧に保たれています。噛むたびに海老本来の甘みと旨味が弾け、熱々のあんと絡み合いながら至福の味わいを生み出します。

しかし、この一杯は海老だけの独壇場ではありません。シャキシャキとした食感を残す白菜、コリコリとしたキクラゲ、歯ごたえの良いタケノコ、彩りを添えるニンジン。それぞれの野菜たちが名優としてそれぞれの役割を果たし、あんの中に複雑な旨味と食感のハーモニーを奏でています。

麺を箸で持ち上げれば、とろみのついたあんがたっぷりと絡みつき、湯気とともに香ばしい匂いが鼻腔をくすぐります。火傷を恐れず、ふーふーと冷ましながら一気にすする。これぞ、あんかけ麺の醍醐味。食べ進めるうちに、少しずつスープとあんが混じり合い、味がまろやかに変化していくのもまた一興。最後の一滴まで飲み干した頃には、体の芯からぽかぽかと温まっていることでしょう。

なぜ私たちは「五十五番」へ帰るのか

美味しい料理、お腹いっぱいになるボリューム、そして驚くほど手頃な価格。もちろん、それらも「五十五番」が愛される大きな理由です。

しかし、この店の本当の魅力は、味覚だけでは測れない部分にあるのかもしれません。それは、店全体を包み込む温かい空気感であり、変わらないことへの安心感です。子供の頃、親に連れられてきた人が、今度は自分の子供を連れてこの店の暖簾をくぐる。そんな世代を超えた物語が、この場所では日常的に紡がれているに違いありません。

「五十五番」は単なる中華食堂ではありません。宮古の人々にとって、嬉しいことがあった日も、少し疲れた日も、温かく迎えてくれる「第二の食卓」であり、心の拠り所なのです。

もしあなたが宮古市を訪れる機会があるならば、ぜひ旅のプランにこの店を加えてみてください。観光ガイドには載っていない、地元の人々の日常に溶け込んだ本物の味と温もりが、あなたの旅の記憶を何倍も豊かで、忘れられないものにしてくれるはずです。

店舗詳細情報

店名:五十五番(ごじゅうごばん)
住所:岩手県宮古市築地1-1-5
電話番号0193-62-2981
営業時間昼 11:00~14:30 / 夜 16:30~19:30
定休日水曜日
駐車場あり(6台)
支払い方法現金のみ(カード・電子マネー不可)

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